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夏になると、
日本では『怪談』や『怖い話』が盛んに語られます。
でもなんで、
この季節に特に怖い話が多くなるんでしょうか?
今回の記事では、
日本の夏に怪談が親しまれる理由について、紹介していきます。
涼を求める夏の風物詩として、怖い話の起源を探ります。
日本の夏に怪談話が多い理由
① 歌舞伎
日本の夏といえば、
定番の怪談話や心霊映像の特番がよく放映される時期です。
最近ではユーチューブでも、怪談話やホラーものが盛んに流行っているのは、一体なぜでしょうか?
実は、
一説によると、
怪談話が夏の風物詩になったのは、日本の伝統の『歌舞伎』が関係していたんです。
江戸時代の歌舞伎では、
いわゆる暑いときに涼むことを目的とした、背筋のゾクッとする歌舞伎演目が流行します。
それが、
幽霊や怪談を扱った歌舞伎だったんです。
歌舞伎の怪談話には、
幽霊や妖怪などの超自然的存在が登場します。
特に、
怨念や未練を持った幽霊や妖怪が現世に現れ、恐怖や災いをもたらす情景が演じられます。
有名な『東海道四谷怪談』などが、そうです。
怨念や復讐の感情が強調される場面も多く、
暑い時期に、背筋の凍るゾクッとするような演目が大流行したんです。
このような芝居が、やがて現在の夏の風物詩として、怪談話や幽霊が定番として認識されるようになっていったんです。
② お盆
もうひとつの理由は、お盆と関係しています。
お盆は、
亡くなった先祖の霊を供養する期間で、通常、毎年8月13日から16日までの4日間にわたって行われます。
地域によっては7月に行われることもありますが、
この期間には、
家庭では仏壇に供物を捧げ、墓参りを行い、先祖の霊を迎え入れ、送り出す儀式を行います。
お盆の始まりには「迎え火」を焚いて先祖の霊を迎え入れ、お盆の終わりには「送り火」を焚いて霊を送り出します。
これにより、
先祖の霊が迷わずに自宅に来訪し、あの世に帰ることができるとされています。
それでもなかには、
祀る人がいない無縁仏などもいて、そういった霊魂が幽霊として彷徨ったり、この世に恨みを持った怨霊もあると考えられています。
お盆の時期にはそういった死者の魂を成仏させるために行われるものでもあります。
日本の文化には、
『盆芝居』というものがあり、
お盆の時期に先祖供養や霊の慰めをテーマにしたもの、怪談話や幽霊話などがよく上演されます。
盆芝居は、
歌舞伎や人形浄瑠璃(文楽)などの伝統的な日本の演劇形式を用いることが多く、
地域ごとに独自の演劇形式やスタイルが存在する場合もあります。
この時期の盆芝居が、夏の風物詩として怪談話につながったとも、言われています。
③ 肝試し
夏休み期間中に『肝試し』や怪談イベントが多く開催されることも、怖い話が夏に特に語られる理由の一つです。
日本の夏には、古くから「怖い話」を語り合う風習が根付いています。
例えば、
江戸時代には『百物語』という形式で怪談を語り合うイベントが大変人気を博しました。
この百物語は、
百の怪談を語り終えると、
本当に怪異が現れるという言い伝えがあり、参加者は恐怖体験や興奮を味わうことが流行ったんです。
この風習は現代でも続いており、夏になるとテレビやラジオで「怪談特集」が組まれることが多い理由なんです。
怪談話の起源
① 古代から中世
奈良時代・平安時代(710-1185年)
日本の怪談話の起源は奈良時代や平安時代に遡ります。
この時期の文献には、怪異や妖怪に関する話が多く記録されています。
例えば、
『日本書紀』には神々の奇跡や怪異現象が描かれており、これが後の怪談の源流とされています。
また、『風土記』には各地の伝説や奇談が収録されており、これも怪談話の原型となりました。
平安時代には、
『今昔物語集』や『宇治拾遺物語』などの説話集が編纂されました。
これらの説話集には、怪異や妖怪に関する話が多く含まれており、当時の人々の信仰や恐怖心を反映しています。
例えば、
『今昔物語集』には、幽霊や怨霊が登場する話が多く収められており、これが怪談話の基盤を築きました。
② 中世から近世
鎌倉時代・室町時代(1185-1573年)
鎌倉時代から室町時代にかけて、武士階級の台頭とともに怪談話も新たな形を取り始めました。
この時期には、
戦乱や災害に関する怪談話が増え、幽霊や怨霊に対する恐怖が広まっていきました。
また、仏教の影響で、地獄や亡者の話も多く語られるようになりました。
室町時代には、
短編小説集『御伽草子』が登場し、その中には妖怪や幽霊が登場する話が含まれています。
例えば、
『浦島太郎』や『一寸法師』といった物語は、
現代でも親しまれているものですが、当時は怪異や不思議な話として語られていました。
これらの物語は、庶民の間で広く語り継がれ、怪談話の普及に大きく寄与しました。
③ 近世
江戸時代(1603-1868年)
江戸時代に入ると、怪談話はさらに発展し、多くの文学作品や芸能に取り入れられるようになりました。
この時期には、
怪談話がエンターテイメントとして定着し、庶民の娯楽の一部となったんです。
怪談話は、読本や草双紙などの形式で出版され、多くの人々に読まれるようになり、
江戸時代中期には、
上田秋成による『雨月物語』が出版されました。
この作品は、怪談話を集めた短編集で、文学的価値が高く、日本の怪談文学の一つの頂点とされています。
また、
江戸時代後期には、怖い話を百物語として語り合う「怪談百物語」という風習が広まり、
人々が集まり、蝋燭を一本ずつ消しながら怪談を語るこの風習は、怪談話の伝承と普及に大きな影響を与えました。
④ 近代から現代
明治時代以降(1868年-)
明治時代になると、
西洋の文化や文学が日本に流入し、日本の怪談話も新たな影響を受けました。
小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)は、
日本の怪談話を英語で紹介し、国際的にも知られるようになり、
彼の著作『怪談』は、日本の怪談話の魅力を海外に広める役割を果たしました。
現代においても、
怪談話は日本の文化の一部として根強く残っています。
テレビや映画、アニメなどのメディアでも怪談をテーマにした作品が数多く制作されており、
夏になると怪談特集が組まれるなど、その人気は衰えることがありません。
日本の有名な夏の怪談
日本の夏には怪談が欠かせませんが、特に有名な三作品を紹介していきます。
① 四谷怪談
江戸時代に生まれた「四谷怪談」は、日本の「怖い話」の代表格です。
物語は、
裏切りや復讐が絡み合う悲劇で、特に夏の「怪談話」として親しまれています。
主人公の「お岩さん」は、
夫に裏切られた末に非業の死を遂げ、その怨念が人々を恐怖に陥れます。
四谷怪談は、
歌舞伎や映画、テレビドラマなど様々なメディアで取り上げられ、その恐怖は現代まで語り継がれています。
四谷怪談は、
日本の伝統的な怪談文化を象徴する作品として、多くの人々に影響を与え続けています。
② 番町皿屋敷
番町皿屋敷の悲劇は、
江戸時代から伝わる怖い話の一つです。
物語の舞台は「番町」にある大名屋敷。
美しい侍女であるお菊が、主人の大切な皿を一枚割ってしまい、井戸に投げ込まれてしまいます。
夏の夜、
井戸からお菊の幽霊が現れ「一枚、二枚…」と皿を数える声が聞こえるという伝説が残っています。
この話は、
特に夏の肝試しや怪談話として人気があり、
日本の「怪談文化」を象徴するこの物語は、今なお多くの人々に語り継がれています。
③ 牡丹灯籠
牡丹灯籠は、
日本の古典的な怖い話の一つであり、夏の風物詩として語り継がれています。
江戸時代に書かれたこの物語は、
美しい女性の幽霊が登場することで知られています。
主人公の萩原新三郎は、ある夏の夜に美しい女性と出会い、恋に落ちます。
しかし、
その女性は実は既に亡くなっており、彼女の正体を知ることになります。
新三郎は彼女の幽霊に取り憑かれ、次第に命を脅かされていくのです。
この物語は、
幽霊が人間の世界に現れるというテーマを通じて、愛と死の境界が描かれています。
牡丹灯籠は、
今でも多くの人々に愛されており、夏の怪談話として親しまれています。
夏の怪談の影響
怪談話は、
一時的に恐怖を感じて、心拍数が上がり、アドレナリンを分泌させます。
興味深いのは、
怖い話はスリル感と興奮で、アドレナリンが分泌されるのですが、
短期間の恐怖体験は、ストレスを感じさせる一方で、その後の安堵感がストレス解消につながることがあるんです。
『怖かった~!』
なんて体験の裏には、
実は、
『怖いもの見たさ』だけでなく
怪談話や恐怖体験、心霊話の後の『ホッとする』安堵感がストレス解消になっていたんです。
ちゃんと、心理的効果が隠れていたんですね。
今回の総合まとめ
夏の風物詩、
『怪談話』には、日本で毎年流行る理由があったんです。
その起源も、
諸説ありますが、歌舞伎の演目やお盆が関係していたのかもしれません。
日本の暑い夏を彩る風物詩は、たくさんありますが
ストレス解消に『怪談話』を楽しむのも、今年の夏を楽しむ1つの方法かもしれません。
今回も最後までお読みいただいて、ありがとうございました。
世界へ羽ばたく日本文化が今、注目されています。日本にしかない文化が花開いている理由とは、何なのか?和の文化とはホントは何なのか?について紹介していきます。