99%が誤解しているお花見文化!?桜が伝える日本の予祝のやり方とは?

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毎年4月となれば、大切な季節です。

そう、

それは、お花見の季節だからです。

我が国の初春の大切な行事といえば、

『お花見』ですが、

皆さんはお花見って、何のためかご存知ですか?

『焼きそばや、たこ焼きのための文化ではないんですよ!』

そこには

実は、

大切な日本の文化が隠されていたんです。

今回の記事では

お花見、

特に桜と日本文化の関係に焦点を当てて紹介していきます。

さぁ、

桜と日本文化の結びつきについて、ぜひ知ってみてください。

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日本人にとって、桜とは一体なのか?

桜

桜と日本文化には、深い結びつきがあります。

なぜなら

桜は日本文化においては、象徴的な存在として古くから親しまれてきたからです。

その美しさと儚さは、

日本人の感性や価値観に深く影響を与える、

『季節の変化や人生の一瞬の輝きを感じさせる特別な存在』なんです。

お花見といえば、梅が主流だった!?

北京

現代では、

桜といえば春の象徴であり、お花見の代名詞ですが

実は

日本では『桜』より、『梅』の花が好まれていたことをご存知でしょうか?

奈良時代(710~794年)から平安時代の初期、

日本は国を上げて中国の唐から多くの文化を取り入れようとしていました。

皆さんもご存知、『遣唐使』の時代です。

その中には、

花や植物に関する美意識も含まれていたのです。

梅は

中国では非常に『高貴な花』『知的な花』とされ、日本の平安時代の貴族たちもこの影響を受けたのです。

その時代を象徴する和歌集、

『万葉集』には梅を詠んだ歌が多く見られ、明らかな影響が伺えるんです。

もともと、

は香りが強く、貴族が好んだ『薫り高い花』でもありました。

そのため、

貴族は香を焚いたり、

衣に香りを染み込ませる文化を持っていたため、香りが豊かな『梅』は特に愛されていたんです。

梅の香りは、

桜の香りに比べて断然甘くて、強い。

平安時代の貴族は、

衣装や髪の毛に香を焚きしめるのが身だしなみであったため、五感を刺激する梅の香はとても刺激的な存在だったんです。

だからこそ、

平安時代の宮廷では、

『春=梅』という意識がとても根強かったんです。

『源氏物語』などの平安文学にも梅が登場し、庭園や屏風絵にも梅がとても多く描かれているのは、そのためです。

梅は毎年2月頃、寒さの残る時期に咲き始めます。

その甘く上品な香り故に、

香を重んじた貴族には大変魅力的だったんです。

当時は、

花を愛でる文化といえば、

『梅こそ冬から春への季節の移ろい』を知らせる大切な花だったんです。

では、

そんな『梅』を愛でる文化から

なぜ日本の花といえば、桜に移り変わったのでしょうか?

桜に美を見い出した日本人

桜

奈良時代から平安時代の初めは、日本は中国の唐からの輸入文化にありました。

でも、

平安時代の中頃になると、

日本人は『自分たちらしい日本文化』を大切にし始めます。

それが

『国風文化』です。

国風文化とは?

外国文化ではなく、日本の自然や感性を大切にする

漢字だけでなく、日本独自のカタカナや平仮名が発展

『源氏物語』『枕草子』『古今和歌集』などの作品が生まれた

この時代に

日本独自の文化が発展し、桜が『日本の花』として人気を集めるようになったんです。

国風文化とは、

簡単に言えば

日本の自然や季節の移ろいに美意識を感じる文化です。

だからこそ、

日本の野や山に自然と咲く、桜が注目されるようになったんです。

特に、

『古今和歌集』(905年)には桜を詠んだ歌が多く収録され、『花=桜』という意識が広がったことも大きな要因です。

まさに、

紀貫之のような著名な歌人が桜を称えたことで有名になってきたんです。

また、

梅は長く咲き続けますが、

桜は一瞬で満開になり、すぐに散ってしまうことが挙げられます。

梅にはない、

桜ならではの短い花の輝き、命にこそ日本人は『美』を見出したのです。

この『儚さ』こそが、

日本人の美意識にぴったり合ったのです。

『枕草子』(清少納言)、

『源氏物語』(紫式部)にも桜が登場し、

平安時代後期には、桜が完全に『春の花』として定着しています。

奈良時代以前は、

花見といえば梅が主流でしたが、

平安時代になると桜が貴族たちの間で人気を集めるようになったのです。

『古今和歌集』や『源氏物語』には

桜を詠んだ歌や場面が数多く登場し、桜は美しさや儚さを象徴するものとして捉えられたのです。

貴族の花見とは、

花を愛で、歌を読み、宴を催すことでした。

私たちの『花見』のルーツは、ココにあったのです。

『暴れん坊将軍』こそ、花見の立役者

兜

戦国時代には、桜は武士道とも堅く結びつくようになります。

特に

『花は桜木、人は武士』という言葉に表れるように、桜の散り際の美しさが武士の生き方に重ねられていったのです。

まさに死生観、

日本人は人はどう生き、どう死んでいくのか』を桜の花の散り際に重ねたのです。

そして、

江戸時代になると、

桜は庶民文化にも広がりを見せ、江戸幕府は各地に桜を植え始めます。

徳川吉宗将軍は、

上野、隅田川沿いや飛鳥山などに桜を植え、それが庶民の間で『花見』の源流になったとも言われています。

そうです、

あのテレビ時代劇『暴れん坊将軍』こと徳川吉宗です。

まさに現代の私達がイメージする、

『屋台が並び、酒や団子を楽しむ』、現在の『お花見スタイル』の原型がこの時代に生まれたのです。

また桜は、

武士の精神とも深く結びついていたことも大切なことです。

それこそ、

『桜花の短い命、散り際の美しさ』は、

命を全うし、潔く死ぬという武士道の精神に深く共鳴したのです。

そういった精神性の象徴は

明治時代以降は、

『桜』は軍の象徴としても使われ、第二次世界大戦中には特攻隊の象徴にもなっているんです。

でも一方で、

戦後は『平和の象徴』としての意味が強まり、日本国内外で桜の植樹が進められました。

ワシントンD.C.の桜並木は、日米友好のシンボルとしても有名なものです。

まさに桜は、

古来から日本人の美意識や精神性を映し出す特別な存在となっているのです。

日本人の花見とは、何なのか? 祈りの力、予祝文化の真実!

桜

多くの人が誤解をしていますが、お花見の真実は、実は『予祝』にあります。

予祝とは、

字のごとく、前祝いのことです。

つまり

お花見というのは

単にお団子を食べたり、お酒を飲んで楽しんでいるわけではないのです。

それは

古来からある大切な日本の文化、

『未来を先取りし、その年の豊作や豊潤を祝うこと』がお花見だったのです。

『えっ!?どういうこと?』と思われた皆さん、

ぜひとも正しきお花見を知ってください。

そして、

それを自分のためだけでなく、多くの人のためにそれを役立ててください。

それでは

具体的に日本では、どんなお花見、予祝を行ってきたのかを紹介していきます。

平安時代の花見とは?

月

平安時代(794年〜1185年)の花見というのは、

現代のような単なる娯楽的な行事とは異なり、貴族社会における重要な儀式的な意味合いを持っていました。

なぜなら、

桜の花というのは日本文化においては特別な意味を持っており、

春の訪れとともに花が咲くことは、

自然の美しさとともに新たな希望や生命力を象徴するものとされていたからです。

当時の花見は、

主に宮廷の貴族たちの間で行われ、

桜の花が咲くと、貴族たちはその花の美しさを愛で、和歌を詠み、宴を開きました。

でも大切なことは、

この花見には単なる『花を見る楽しむ宴』ではなく、予祝と密接に関係していたんです。

予祝とは?

予祝(よしゅく)とは、

未来に起こるであろう良いことを前もって祝うことで、その実現を願うという考え方です。

例えば、

豊作を祈るために、

その年の収穫を「先に祝う」、これこそ日本文化の真髄です。

日本では

『言葉が実現する、現実化する』

そういった、まさに言霊が実現する文化があったんです。

農耕社会である日本では

食料の不作や飢饉は国にとって大きなダメージです

だからこそ、

実はお花見は

豊作や豊潤を祝う大切な行事でもあったんです。

花見と豊作祈願

コメ

平安時代の花見には、

桜の開花とともに新しい年の豊作や家族の幸福を予祝する側面がありました。

そう、

簡単に言えば

まだ実りさえ出来ていないのに、お米の収穫が出来たことや実りがたくさんあったことを祝っていたのです。

まだ収穫さえできていないのに、ですよ?

桜の花が咲くと、

当時の日本人は、自然の美しさや変化を神々からの恵みと考えていました。

すべてが神だと。

風でも、水でも、土でも、そうです。

あらゆるものに神が宿ると。

だから、

桜は春の象徴であり、

その美しさを通じて神々への感謝を表し、その年の良い収穫を祝っていたのです。

桜の木の下で行われる花見は、単なる風流な遊びではなく、

神々への奉納的な行為でもあり、

自然の恵みを未来の豊かさや幸福として『先に祝う』意味が込められていたんです。

和歌を詠んで未来を祝う

筆

では、

『当時は、どうやって祝っていたの?』と不思議に思われますよね?

その答えは

『和歌』にあるんです。

つまり、

紙に書き、あたかも実現したかのように歌を詠んでいたのです。

桜の花を見ながら、和歌を詠むこと。

和歌を詠む行為そのものが、予祝の一環としての役割を果たしていたのです。

桜をテーマにした和歌は、

の年の豊作や家族の安泰を祈る内容も多く、未来への願いを込めて詠まれていたことも事実です。

『今年も無事に過ごせた』『豊かな実りが訪れた』

そうやって、

未来の幸福を願う言葉を和歌に込め、桜の花を見ながらそれを祝っていたのです。

勘が良い人なら、

お気づきのはずです。

私たちが現在神社で書く絵馬が、まさにそれと同じことです。

日本には、

今もきちんと予祝文化は生きているのです。

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花見で心が軽くなるのは、なぜ?

桜

桜の花を見てると、

なんだか心がスッキリしたり、心が軽くなることってありませんか?

実はそれには

きちんとした根拠があったんです。

ここでは、

桜の癒し効果を深掘りしていきます。

五感で感じる『今ここ』

鹿

人の心は、過去の後悔や未来の不安にとらわれがちです。

でも、

満開の桜を目の前にしたとき、私たちは『今、この瞬間』に心を集中させられます。

そうですよね?

満開の桜の木を見ながら、

『明日仕事行きたくないな~』なんて思いもしないですよね?

風に舞う花びら、薄紅色の光景、春のやわらかな陽ざし。

自然の美しさに囲まれると、

人の脳って、

安心を感じてリラックスモードに切り替わるんです。

これは医学的にも、

『自然を見ると副交感神経が優位になり、ストレスが軽減される』ことが分かっているんです。

お花見効果は、絶大なんです。

春=始まりの力

電車

桜は日本において

春の訪れ=新しい生活の始まりを象徴しています。

入学式、新学期、新社会人。

まさに、

新しいスタートの時期です。

桜が咲く季節は、人生の節目や『リスタート』のイメージと重なる時期なんです。

だから

桜を見ると、自然と前向きな感情が生まれやすくなるんです。

長い冬のあとに咲く花だからこそ、

桜には『希望『や『光』を感じるのかもしれません。

『儚さ』こそが、美しさの源

着物

日本人が桜を特別に愛するのは、その花が長く咲かないからこそです。

満開からほんの数日で散ってしまう花に、

命のはかなさ、美の一瞬、人生の無常を重ねる。

これは、

日本文化独特の感性です。

人は

こうした『もののあはれ』の美意識にふれたとき、

私たちは静かに心を動かされ、日常の悩みがふっと軽くなることがあるんです。

悩んでいるとき

『咲く自分も、散る自分もすべて』

『やがて散っていく花のように、変わっていくのことが常』

そんな風に、桜が語りかけてくれるのです。

~言葉が神なり。言霊の真実を学ぶ~

今回の総合まとめ

日本の美意識と桜は、古来から深くつながっています。

そして花見という文化は

日本の予祝の風習を現在でも如実に表しているんです。

お花見文化を単にお酒を飲んでたり、

食事を摂るだけで終わらせるのではなく

『予祝の力で私たち日本人がどう祝い事を祈願するべきか?』

そんな時代に、もう来ているのです。

自分だけのお願い事をしているときではないのです。

なぜなら、

その力が古来から日本にはあるのだから。

今回も最後までお読みいただいて、誠にありがとうございました。

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