鳥居

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突然ですが、

皆さんは『鬱(うつ)』という字が書けますか?

もしかしたら

『習っていないし、画数が多すぎで難しい』

なんて経験があるかもしれませんが

実は、

第二次大戦後以後

この鬱(うつ)』や『薔薇(ばら)』のような画数の多い漢字は、公的な場からほぼ消されたのです。

『えっ!』

と思われた皆さん!

それってなぜかご存知ですか?

実はその背後には、

戦後の日本を占領したGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の影響があるんです。

今回の記事では

かつて日本にあったはずの漢字について紹介していきます。

ぜひ、日本の本当の歴史を歩んでください。

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GHQに消された漢字たち——知られざる戦後の文字改革

1945年、

日本は敗戦し、アメリカを中心とした連合国軍の統治下に置かれました。

終戦とともにGHQは、

戦前の日本の『難解な言葉づかい』が国民を情報から遠ざけていると捉えます。

なぜなら、

日本の当時の新聞や公文書には、

画数の多い難しい漢字が多用され、識字率の向上を妨げているという見方があったからです。

例えば、

『國(くに)』という漢字がそうです。

現在では『国』と表記されますが、戦前では『國』と使われていたんです。

そういった難解な漢字に対して

GHQは、

戦後日本政府に対し『漢字の使用制限』を求めるのです。

つまり

『日本語の表記制限』を行ったのです。

そして、

これを受けて日本政府が1946年に発表したのが、

『当用漢字表』(1,850字)だったんです。

あまり知られていませんが

私たちが日常で使っている日本語表記は

実は

戦後GHQによって変えられたものなんです。

そしてその結果

この表に含まれない漢字というものは、

それ以降公文書や新聞などでは使用が避けられるようになっていったのです。

GHQは

『民主化』の名のもとにさまざまな改革を進め、日本の教育や言語政策にも手を加えました。

そしてその結果、

日本語の漢字が大幅に整理・制限され、一部の漢字は事実上『消えた』のです。

ここでは、

GHQの影響で公的な場から消えた漢字を15個ピックアップし、その背景を詳しく解説していきます。

GHQに消された漢字  15選

富士山

戦後、

日本政府は国民の識字率向上を目的として、『当用漢字』という制度を作ります。

当用漢字は、

公式文書や新聞、教科書などで使うべき漢字のリストのことであり、1850字が指定されました。

そしてその際、

複雑すぎて教育には適さないとされ、当用漢字から外されたものが数多く存在するのです。

ここでは、

戦後しばらく公的な場から消えた漢字の中でも、特に特徴的なものを紹介します。

① 鬱(うつ)

この『鬱』という漢字は、

あまりにも画数が多く、

戦後は1946年に制定された『当用漢字』からは外され、学校教育や新聞では使われることが無くなっていきます。

その後、

1981年の『常用漢字』の制定の際も除外されますが

病名や専門用語で『憂鬱(ゆううつ)』や『鬱病(うつびょう)』と使う際は一部使用されていたようです。

そして意外かもしれませんが、

2004年の『人名用漢字』では認められ、名前に『鬱』の漢字を使用することが認められたのです。

2010年には

常用漢字の改定に伴い、

『鬱』の漢字の使用が認められ学校教育でも使われるようになりました。

でも、

日常では『うつ』なんて依然として平仮名で書くことが多いかもしれません。

② 薔(しょうび、ばら)

この漢字は

『薔薇(しょうび・ばら)』のように使われることが多く、『薔』単体で使われることはあまりありません。

1981年、

当用漢字は『常用漢字』へと改められましたが、

『薔』と『薇』は引き続きリストに含まれませんでした。

その結果

学校教育では『薔薇』という言葉をひらがな(ばら)で教えるようになっているようです。

新聞社や公的機関は、基本的に常用漢字を使うように決められています。

つまり、

『薔薇』という言葉を書く場合、

『ばら』または『バラ』と表記するのが一般的になったのです。

これも、

『薔』という字が日常的に使われなくなった理由の一つなんです。

③ 薇(ぜんまい)

『薇』という漢字は、

先程の『薔』とともに使用し『バラ』と読みますが、『薇』の一文字では、『ぜんまい』を表します。

この漢字は字画も多く、

当用漢字に制定の際には『ぜんまい』の平仮名表記でも困らないという理由で除外されています。

しかし現在は

『人名用漢字』としては使えるので、名前の漢字で使用されることがあるようです。

④ 齟(そ)

熟語で『齟齬(そご)』という言葉は、ご存知かもしれません。

でも、

一般的な日常会話ではなかなか使用されない言葉です。

この『齟』という漢字は、

戦前でも一部の学術文学や学術的な文脈で使われるのみで、使用頻度は少なかったようです。

そのため、

戦後は小学校や中学校で習う教育漢字には含まれていないんです。

ちなみに、

漢字検定の上級レベルでは試験に出るようです。

⑤ 齬(ご)

この漢字も『齟』と同じように

『齟齬(そご)』という熟語で使われる漢字ですが、

1946年の当用漢字制定には両方とも複雑すぎて当用漢字に含まれませんでした。

1981年の常用漢字にも含まれず、

公的文書や新聞では平仮名表記で『そご』と表されることが多くなったのです。

⑥ 曖(あい)

『曖』の漢字は、

『曖昧(あいまい)』として使われますが、それ以外に使われることがほとんどありません。

言語そのものとして

『あいまい』

という言葉はよく使われますが、

平仮名表記で通じるため使用頻度は無くなっていったようです。

⑦ 昧(まい)

漢字の『味(あじ)』に似ていますが、この漢字『昧(まい)』は意味と表記が異なるものです。

『昧』の漢字は、

戦後当用漢字にも登録されており、1981年の常用漢字の際にも、採用されています。

『曖昧』の漢字の『曖』の漢字は除外されていますが、

一方の『昧』の漢字は登録されているんです。

実は

その違いは画数にあるようです。

『昧』の9画に対して、『曖』の漢字は21画です。

戦後の漢字改革は『簡略化、効率化』にあると言われています。

2つの違いがそれを端的に表しています。

⑧ 躊(ちゅう)

多くの方は『躊躇』の漢字は読めても、書くことは困難なのかもしれません。

『躊』の字は、21画の字画のため非常に手間がかかります。

おまけに、

『躊躇』以外に使用されることがありません。

そのため、

この漢字は1946年の当用漢字、1981年の常用漢字には採用されていません。

学校では習いませんが

漢字検定上級ではよく出される漢字のようです。

⑨ 躇(ちょ)

この漢字も字画が21画で書くのが面倒な漢字です。

使用頻度も、

『躊躇』に限られ、使用頻度は戦後著しく減っていったようです。

躊躇(ちゅうちょ)も戦後はひらがな表記が主流になったことが要因でもあります。

⑩ 鷗(おう)

この漢字は、『鴎(かもめ)』の旧字体です。

現在では

『かもめ』といえば、ひらがな表記が一般的です。

鳥に関する漢字、

例えば『鳥』や『鳩』は戦後残されましたが、

字画の多いこの『鷗』の漢字は当用漢字(1850字)にも常用漢字(1945字)にも採用されていません。

⑪ 颱(たい)

この字は『颱風(たいふう)』の旧字体になります。

戦後、

『台風』と表記が統一され、

『颱』の漢字は使用頻度はほとんど無くなり、この漢字を見かけれることも稀なことになってしまいました。

現在では、

ほとんど使われない漢字です。

⑫ 贋(がん)

『贋作(がんさく)』とは、偽物や模造品のことですが

『贋』の漢字は難しすぎるため、

戦後は使われなくなり、『偽物(にせもの)』という表現が広まったようです。

戦後のGHQ政策で、

漢字そのものもほぼ無くなり、言葉自体も使われなくなったことは驚くべき政策だということです。

⑬ 饑(き)

この漢字は現在ではほとんど目にすることはありません。

なぜなら

『飢(う)える』と似た意味ですが、

現在では『飢餓(きが)』の『飢』のみが使われているからです。

字画も多く、書きづらいことも要因のようです。

⑭ 燈(とう)

『燈』の漢字は、『灯(ひ)』の旧字体です。

戦後は『燈』の漢字は簡略化され、

例えば

『電燈』は『電灯』のように変更され、現在の表記になったんです。

1946年の当用漢字には含まれておらず、

また1981年の常用漢字では

『燈』ではなく、『灯』の漢字が選ばれたことも理由のようです。

⑮ 螢(ほたる)

『螢』(ほたる)という漢字は、

一般的に『蛍』とも書かれ、昆虫のホタルを指します。

この字は非常に美しい漢字で、自然界の光る存在としてホタルを如実に表現しています。

『螢』という字は、

現在でも多くの文献や詩、歌詞などで使われることが多くあります。

『蛍』もよく使われますが、

どちらの漢字も日本の自然を表す美しい表現の一部として親しまれています。

なぜGHQは漢字を制限したのか?

広島

戦後、

日本はGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の支配下に置かれ、多くの社会改革が行われました。

その中で、『漢字の制限』 も重要な政策の一つでした。

でも、

なぜGHQは日本の漢字を減らそうとしたのでしょうか?

それは、

単に『漢字が難しいから』だけではありません。

そこには、

日本の識字率、民主化、教育改革、さらにはローマ字化計画など、複数の要因が絡み合っていたのです。

ここでは、

GHQが漢字を制限した背景と、その理由を詳しく解説します。

①  識字率の向上と教育改革

マスク

『戦前の日本の言葉は、難しすぎる』

それこそ、

GHQが指摘したことです。

つまり

GHQは日本の教育制度を分析し、以下のような問題点を指摘したのです。

GHQの教育改革

① 公文書や新聞に使われる漢字が難しすぎる

一般庶民が政府の情報にアクセスしづらい

② 教育を受けていない人は漢字を読めない

戦前の日本では、特に地方の農村部で教育の機会が限られていた

③ 漢字の数が多すぎる(当時の使用漢字数:約5,000字)

これが識字率の向上を妨げている

GHQは、

『民主主義を実現するためには、すべての国民が情報を読める必要がある』と考えました。

そのため、

教育改革の一環として「簡単な日本語」を推奨し、難しい漢字の削減を進めたのです。

②  戦前の『難解な言葉』が国民を支配していた?

スパイ

戦前の日本では、

政府や軍部が発表する公文書や新聞記事に、非常に難しい言葉が使われていました。

例えば、

当時の新聞記事はこんな感じです。

戦前の新聞記事
『我国ノ経済的蹉跌ハ緊密ナル財政政策ヲ要ス』
(わが国の経済的な行き詰まりは、慎重な財政政策を必要とする

皆さんは、分かりましたか?

現代の日本語なら、もっと簡単に書くはずですよね?

GHQは、

こうした『難解な言葉が国民を政治から遠ざけている』と考えたんです。

つまり、

『知識人だけが情報を理解し、庶民は理解できないように作られている』という構造を問題視したのです。

そのため、

難しい言葉を減らし、簡単で誰にでも分かる日本語にすることで、民主化を進めようとしたのです。

~GHQが禁書とした日本の『神道』とは、一体何なのか?~

今、明かされる日本人の真髄がココにある!

③  新聞・メディアの自由化と簡略表記

新聞

戦後、GHQは日本のメディアに対しても改革を行っています。

具体的に何をしたかというと、

その一環として、

新聞社に『もっと簡単な言葉を使え』と指導したのです。

というのも、

戦前の新聞は、

政府の意向を反映し、難解な表現や軍国的な言葉が多く使われていました。

しかし、

GHQの指導によって、新聞は次のような変化を遂げたのです。

GHQの新聞における政策

「新聞記事をもっと分かりやすく書く」

「難しい漢字を使わず、ひらがなを増やす」

「旧字体ではなく、新字体を使う」

例えば、

『戰爭(せんそう)』は『戦争』、

『經濟(けいざい)』は『経済』といったように、簡略化されたんです。

これにより、

一般庶民も新聞を理解しやすくなったとも言われています。

④  漢字をなくし、ローマ字にしようとした?

ローマ字

GHQ内部では、

日本語をローマ字化しようという意見もあったようです。

この発想の背景には、

『漢字が多すぎると学習が大変だから、いっそアルファベットにしてしまえばいいのでは?』

という考えがあったようです。

実際、

戦前から日本国内でも『ローマ字化運動』はあり、

チャールズ・ケイ・オグデンの『ベーシック・イングリッシュ』

(ローマ字推進派の学者たち)が、GHQの政策に影響を与えたようです。

しかし、

日本政府は強く反対し、

結局、

ローマ字化は実現せず、『漢字を減らす』方針にとどまったのです。

⑤ 『旧字体』は難しすぎる!

本

GHQが特に問題視したのが、戦前の『旧字体』の存在です。

例えば、

旧字体と新字体の違い

旧字体:國 → 新字体:国  

旧字体:學 → 新字体:学  

旧字体:醫 → 新字体:医   

旧字体:變 → 新字体:変

GHQは、

『このように複雑な漢字は無駄に難しい』と考え、簡略化を指示しました。

結果として、

『國→国』『學→学』が作られ、学校教育や新聞では新字体が標準となったのです。

⑥ 『当用漢字』として数を制限

禁止

こうした流れを受けて、

日本政府は1946年に当用漢字表を発表しました。

これは、

『公的な場では、1,850字の漢字のみを使う』というルールのことです。

つまり、

これに含まれない漢字は使ってはいけない(新聞・公文書など)ことを意味し、

『鬱』『薔薇』『躊躇』などの難しい漢字は消えることになったのです。

『漢字を減らせ!』GHQの言葉改革に、日本人はどう反応したのか?

桜

複雑な漢字を減らし、

『当用漢字』という使用制限を設定された中、

当時の日本人は、この急激な変化に一体どう反応したのでしょうか?

賛成派 『簡単な方がいいじゃないか!』

賛成

『新聞の記事って、なんでこんなに難しいんだ?』

これは、

戦前の庶民がよく感じていたことのようです。

なぜなら、

当時の新聞は、旧字体を使い、難しい表現がとても多かったことが理由にあるからです。

戦前の新聞の表記

『我國ノ經濟的蹉跌ハ嚴肅ナル財政政策ヲ要ス』

いや、読めない。

そういった意見も戦前には多くあったようです。

『うちの子どもは学校で習っていないし、おばあちゃんも読めない!』

とか

『政府が何を言っているのか、よく分からない』

なんてことが、よくあったようです。

そんな状況を見たGHQは、

『誰でも読める日本語にしよう』と提案するわけです。

だから

この方針に対し、

『それはいい考えだ!』と賛成する人たちも多かったのです。

特に戦後は、

戦争で学校に通えなかった子どもたちがたくさんいたことも大きな要因です。

それこそ、

『覚える漢字が減るなら、その方が助かる』という意見も根強かったようです。

時代は変わる!『新しい日本語を作ろう』

家屋

戦後の日本は、何もかもが変わろうとしていたときです。

まさに

『軍国主義から民主主義へ』

『封建的な社会から、自由で平等な社会へ』

そんな時代だったんです。

ならば

『言葉も新しくしようじゃないか! 』という考え方があったことも事実です。

それこそ、

『旧字体なんて時代遅れだ!』

『もっと、ひらがなやカタカナを増やせばいい!』

『いっそローマ字にしよう!』

そんな大衆意識が起きたのです。

実際、

GHQは

『日本語をローマ字化しよう』という計画まで存在していたことが明らかになっています。

『新しい時代には、新しい言葉が必要だ!』

そう考える若者や知識人たちは、

漢字の制限を『前向きな改革』として受け入れていたようです。

反対派 『日本の文化を壊すつもりか!』

反対

一方、反対派の意見としては

『漢字を減らす? 冗談じゃない!』

『それでは小説なんて書けたものじゃない!』

と、

この改革に、最も強く反対したのが実は作家や詩人たちだったのです。

それこそ、

『表現の幅が狭くなるじゃないか!』

と猛反発したと言われています。

特に、

川端康成や太宰治らは、『漢字を制限すれば、日本の文学が死ぬ』と危機感を持っていたようです。

例えば、

『戦争』という言葉が使えない場合、『たたかい』と書くしかない。

でも、

それでは『戦争』なのか『喧嘩』なのか分からないですよね?

そういった不都合に対して文豪は大いに危機感を覚えたのです。

その他にも、

教育現場では混乱が少なからずあったようです。

『今日からこの漢字はダメ?』

『先生、この漢字、使っちゃいけないんですか?』

そういった生徒からの質問に対して

戦後、

国語の先生たちは大混乱に陥ったようです。

だって、

GHQの指示で、教科書の内容がガラッと変わったのです。

昨日まで教えていた漢字が、突然『禁止』になる。

旧字体が廃止され、新しい漢字が登場する。

先生自身も、新ルールを覚え直さなければならない。

それこそ、

『日本語は、日本人が決めるべきだ!』

そんな不満を持つ教師も多かったようですが、GHQの方針には逆らえなかったことは間違いありません。

~目覚めよ日本人!洗脳の歴史から抜け出せ~

99%の日本人が知らない真実

そして、折衷案へ 『当用漢字』の誕生

鳥居

こうした賛否両論の末、日本政府はついに『妥協案』を作ります。

それが、

『当用漢字』 の制定です。

主な内容は、

当用漢字の制定

旧字体は廃止する(學→学、國→国)

新聞や公文書で使う漢字を1,850字に制限する

完全なローマ字化やひらがな化はしない

こうして、

戦後の日本語は『ちょうどいいバランス』を探りながら、新しい形へと変化していったのです。

最初は戸惑いや反発もあったようですが、

人々は次第に『新しい日本語』に慣れていったのです。

それ以降、

新聞や教科書は、シンプルな表記に統一され、

テレビやラジオの普及で、話し言葉の影響が強まっていきます。

そして、

『新字体』が当たり前になり、旧字体は歴史のものに変わり、

こうして、私たちが今使っている日本語は、

戦後の激論の末に生まれた『折衷案』の産物となったのです。

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今回の総合まとめ

戦後、

当用漢字が制定されたことで新聞や教科書では『使える漢字』が制限されました。

難しい漢字はひらがなに置き換えられ、日本語の表記も柔軟になってきたのです。

1981年には『常用漢字表(1,945字)』が制定され、一部の難読漢字が復活もしています。

そして2010年には

『常用漢字表』が再改訂され、『鬱』『俺』『匁(もんめ)』などの漢字が復活しています。

私たちが今使っている日本語も、こうした歴史の上に成り立っているのです。

大切なことは、

その背景と事実を知ることです。

今回も最後まで、お読みいただいて誠にありがとうございました。

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